『カンタレラ2016~愛と裏切りの毒薬~』
『カンタレラ2016~愛と裏切りの毒薬~』
ニコニコ動画内の再生回数が220万回以上を記録する大ヒット曲『カンタレラ』『パラジクロルベンゼン』『サンドリオン』から誕生した名作舞台をOSK日本歌劇団が本格的歌劇として蘇らせる。ニコニコミュージカルとして上演されたのが2011年なので、5年ぶりの上演となる。演出・振付は前回と同じ上島雪夫。ミュージカル『テニスの王子様』で知られるクリエイターであるが、宝塚歌劇団等との仕事も多く、『ノバ・ボサ・ノバ』等のレビュー・ミュージカルを数多く手掛けている。また『マイ・フェア・レディ』、『ジキル&ハイド』等の海外ミュージカルも手掛けており、その手腕は確かである。OSK日本歌劇団とは今回が”お初”となる。
そもそも”カンタレラ”とは近世イタリアの貴族ボルジア家が暗殺に用いたとされる毒薬のことである。この物語の主人公であるチェーザレ・ボルジアの若かりし頃はピサやペルーシャの大学で法律等を学び、また武芸にも精を出したと言われている。また容姿も美しく堂々としており、戦いでは勇猛果敢に攻めたと言われている人物。それ故にエピソードには事欠かない。マキャヴェッリはチェーザレの死後、イタリアの回復を願い、フィレンツェのメディチ家に献言するため『君主論』を執筆したが、その中で「チェーザレは高邁な精神と広大な目的を抱いて達成するために自らの行動を制御しており、新たに君主になった者は見習うべき」とし、「野蛮な残酷行為や圧政より私達を救済するために神が遣わした人物であるかのように思えた」と記している。ルネサンス時代の政治家・フランチェスコ・グイチャルディーニはチェーザレに関して「裏切りと肉欲と途方も無い残忍さを持った人物」としたが、一方では「支配者として有能であり、兵士にも愛されていた人物」とも評している。19世紀の歴史家ヤーコプ・ブルクハルトはカンタレラによって自分の地位を脅かす政敵や教会関係者を次々と粛清し、財産を没収したこと等を挙げて、チェーザレを「大犯罪者」、「陰謀者」そして「血に飢えて飽く事を知らず、人を破滅する事に悪魔的な喜びを感じる性質」と評した。とにかく様々な”顔”を持っている人物、日本では歴史作家の塩野七生が1970年に『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』を発表し、この作品で毎日出版文化賞を受賞、これを基に宝塚歌劇団が1996年に舞台化もしている。
まず舞台に登場するは仮面をつけた男役ダンサー、そして赤いドレスの女役ダンサー。ここは導入部分で物語の設定をわかりやすく説明するが、ダンサーの妖しい動きで様々な人間の感情が渦巻く世界が展開される、ということがわかる。バックボーンを知らなくてもすんなり入っていける導入となっている。父親のロドリゴ・ボリジアはアレクサンデル6世として教皇の地位に就いており、チェーザレも要職に就いていた(史実ではバレンシア大司教)。そういう事情もあり、チェーザレはことある毎に「ボルジア家のため」と言う。フィクションとノンフィクションを上手く混ぜつつの構成、キャラクター設定もわかりやすい。弟のホアン・ボルジアは優秀な兄に対して劣等感を抱いているが、兄が嫌いという訳ではない。繊細で傷つきやすい危うさ、フェルナンド3世とフィレンツェの修道司祭であるが実は悪魔の化身・サヴォナーラがその心の隙を巧みに突いてくる。ルクレツィアとボルジアはお互いに惹かれ合っているが、兄妹の関係故に感情を表に出せない。そんな人間模様を大ヒット曲『カンタレラ』『パラジクロルベンゼン』『サンドリオン』がさらに色彩と深みを与える。あの独特のリズム・メロディがOSKのテイストに合っているのは新しい発見だ。陰謀、策略、誤解、思い込み、疑心暗鬼にかられ、負の感情とエネルギーが渦巻く世界、そこに暗殺のための毒薬・カンタレラが……。光があれば闇があるのは必然。それを”歌劇”という形で提示、ダンス、歌、芝居で舞台に乗せる。「これでもか」といったしつこさはない。ラストはあっけないどんでん返しで幕となるが、それが意外なくらいスッキリする。ダンスシーンは流石のOSKでスキルの高さを見せてくれる。ボルジア役の桐生麻耶は華があり、ダンスの映える長身でまさに適役。対するルクレツィアは可愛らしくそれでいて少々気の強いキャラクターを舞美りらが体現する。弟のホアン演じる悠浦あやとは心の弱さをにじませて好演。サヴォナーラ演じる真麻里都は登場しただけで”邪悪”な雰囲気、あの早口の歌を滑舌よくこなしていた。正統派歌劇とサブカルチャーの新しい出会い、意外な程、相性の良い組み合わせであった。
『カンタレラ2016~愛と裏切りの毒薬~』
2016年1月30日~2月7日
大阪公演:ナレッジシアター2016年2月18日~21日
東京公演:銀座博品館劇場
http://www.osk-revue.com/cantarella2016/
取材・文/高浩美
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