この物語は『トーマの心臓』の主要な登場人物、オスカー・ライザーがシュロペッツ・ギムナジウムに来るまで話である。舞台後方に文字が浮かぶ。”時間”、この場面はいつのことなのかをきっちりと観客に告げている。1964年、オスカーは1957年生まれなのでこの時点では7歳、無邪気に登場するオスカー、闊達で元気で威勢がいい。『トーマの心臓』の物語でのオスカーを知っているなら、この活発な少年の姿は真逆かもしれない。客席から観ると”この家族はどこか影がある”と感じるが、オスカー少年はそんなことは微塵も感じさせない、いや、わざと感じないようにしているのか、明るく振る舞うシーンがある。繊細で傷つきやすい少年オスカーを若手の久保優二が健闘。父と母、グスタフとヘラ、元々は大学の同級生であった。ヘラは同じく同級生のルドルフ・ミュラーからも求婚されていたが、結局はグスタフを選んだ。しかし、グスタフには生活力がない。夫婦関係は微妙で、オスカーは子供ながらもこの両親の関係を察知し、近所の子供たちとクリスマス会の練習をする。しかし、夫婦はすれ違ったまま、ヘラは非業の死を遂げ、父と息子は放浪の旅に出る。2人だけの旅なので、親子は今迄にない濃密な時間を過ごす。グスタフは大学ではエリートだったが挫折している。意中の女性だったヘラは美しく、子供が大きくなってもその美貌は変わらなかった。翳りがあって複雑な感情を持つグスタフを楢原秀佳が好演する。結局、グスタフは息子をルドルフが校長を務めるシュロッターベッツ・ギムナジウムに預けて立ち去ってしまう。父に捨てられたオスカー、それでも父を恨んでいない、むしろ父を慕う少年のやるせない感情をそこはかとなく感じる。グスタフもまた、オスカーが決して嫌いではないのだが、どうしようもない感情が渦巻き、”こうするしかなかったのだ”という思いをにじませる。人はそれでも生きていく。特にこの先の人生が長いオスカーにとっては尚更だ。ラスト、正直悲壮感はあまり感じない。オスカーの肩にそっと手を置く校長、オスカーの横に立つユリスモール、このラストシーンは物語に一筋の光をみせる。
『トーマの心臓』『訪問者』『湖畔にて』
※3作同時上演
2016年2月24日~3月13日
http://www.studio-life.com/stage/toma2016/
取材・文/高浩美
原作=萩尾望都 小学館文庫 (C)萩尾望都