オトメイトより2010年11月25日に発売されたプレイステーション2用ソフト『CLOCK ZERO~終焉の一秒~』、初の舞台化は『CLOCK ZERO~終焉の一秒~A-Live Moment』と題して2013年に全労済スペースゼロにて上演され、2014年の3月には早くも再演が決定した。「君と壊れた世界を生きるAVG」というジャンルに位置づけられ、2つの世界、幼い姿と未来の姿、それぞれが交差し、そのストーリーの濃密さから数あるオトメイトの作品の中でもファンが多い。
物語は異なっても、テーマはひとつ。チャッチコピー”必ず、助けに行く……なにがあってもお前を助けに行くから”、”世界を敵に回しても、お前が俺の味方でいてくれるって言うなら、俺は……”に集約されるが、誰が軸になってもここは変わらない。そこに至るまでの物語は変わるが、最終的にはここにたどり着く、というところが、”乙女心”をくすぐるのではないだろうか。
再演の後、シリーズ化、結末を変えながらの上演、2014年は『CLOCK ZERO ~終焉の一秒~ リンゲージ』を上演、”未来”と”現代”の2つの結末を用意した。なお、リンゲージとは”連鎖”という意味である。翌年の2015年、『CLOCK ZERO ~終焉の一秒~ Re-verse-mind』、reverseの意味は反対、背面、(コインの)裏等の意味がある。こちらは政府ルートでキングENDとビショップENDが用意された。そして2016年は『CLOCK ZERO ~終焉の一秒~ Watch Over』、Watch Overとは「見守る」「目を光らせている」「番をする」等の意味。今回は反逆者ENDと再びビショップENDとなっている。
今回の公演、幕開きががらりと変わり、神賀旭の周りを少年たちが取り囲む。ひとり、またひとり去っていく。不穏でなにかを予感させる出だしだ。それから、ゲームおなじみの台詞が響く。
この『CLOCK ZERO~終焉の一秒~』、ヒロイン・撫子が見る奇妙で不思議な夢、やがてそれは現実と交錯し始めていき、撫子は戸惑いながらも、この”世界”で懸命に立ち向かう。今回の公演は反逆者ENDとビショップENDが用意されており、初日は反逆者ENDであった。反逆者は乱暴な言葉使いだが、どこか翳りがあるが、性根は優しい。撫子は反逆者を”トラ”呼び、目の色を「きれい」と言う。ファンならよく知っている”萌え台詞”満載、反逆者は撫子に心惹かれるが、なかなか素直になれず、さらに父である有心会の長と対立してしまう。
おなじみの有心会の歌、観客は手拍子、ところどころミュージカル風でエンターテイメント性を出す。アクションも多くなり、ダイナミックさが全面に出て”立体的”な構成、撫子は反逆者に向かって「トラはトラ」と言い、彼をまるごと受け入れる。ここで彼の傷ついていた心は柔らかくなっていく。有心会の長は父親であるが、息子は冷酷で残酷な父のようにはなりたくないと思い、父は妻をめぐって息子を疎ましく、むしろ憎んでいるようである。悩める反逆者を大島崚が好演する。撫子演じる井越有彩は、不思議な運命でも懸命に生きるひたむきさと、愛に飢えていた反逆者を無心で受け入れる愛情をしっかりとちょっと乙女な感じで演じており、作品のテイストに合っていた。楓役の鷲尾修斗は初演から持ち役にしており、ひょうきんな仕草で笑わせ、ときには客席に降りて”サービス”、観客は”待ってました”とばかりに構えており、もはや名物。”激情型”の反逆者だが、ラストは穏やかに「好きだったよ」と撫子に言う、その後ろ姿は哀愁が漂う。子役たちも健闘、子供時代の九楼撫子の小島一華はじめ、皆難しい役をよくこなしていた。
今回で5回目の『CLOCK ZERO~終焉の一秒~』舞台シリーズ、どのENDでもテーマはブレない。どんな状況でも相手の全てを受け入れ、そして全力で愛する。初日、ほぼ満席、ラストシーンでは食い入るように舞台に釘づけになっていたが、いつでも”愛”にあふれた作品は心を捉えて離さない。
[公演データ]
舞台『CLOCK ZERO ~終焉の一秒~ WatchOver』
3月16日~22日
星陵会館
http://clock-zero.otomelive.com/
取材・文/高浩美