弟想いの兄、その兄を慕う弟、両親が亡くなり、寄り添いながらも慎ましく生きてきたが、その苦しくてもささやかな生活は一変する。時には不協和音で歌い、時には静寂の中で台詞が響き、観客の心に迫る。原作同様に直貴を中心にストーリーは進行するが、その中で兄からの手紙が絡まっていく。次々に経験する差別が横糸なら、兄の手紙はさしずめ縦糸、一枚の布のように構成される。兄の手紙からほとばしる弟への想いは届かない、いや届いているのだが、弟は無視せざるを得ない、それがいっそう、弟を苦しめる。学校で、近所で、職場で差別を受け続け、夢も希望も諦めなければならない状況への苛立ちと諦め、“壁”が立ちはだかる。新聞に報道された兄の殺人事件、その新聞を持ったコロスが直貴を取り囲み、無機質なセットもこのテーマを冷酷に見せる。1幕ラスト、コロスと剛志が手紙を破り、直貴は遂に兄との絶縁を決意するが、どんなにあがいてもあらゆる希望がすり抜けていくことを暗示する。そして一転して2幕の冒頭は直貴が就職した電気屋のシーンから始まる。どこかで見たようなハッピを着た店員がチラシを配る。エキサイティングな職場、しかし、ここでも兄のことがわかってしまい、左遷されてしまう。それでも直貴に寄り添う由実子だが、彼女もまた不幸なバックボーンを持っていた……。